高松平家物語歴史館

源平の合戦跡地のひとつ「屋島」に行ってみたいと香川県高松市にやってました。
屋島に行く前にまずはこちら。↓

「高松平家物語歴史館」

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こちらは軍記物の古典傑作と言われる『平家物語』の名場面の
数々を等身大のろう人形300体以上で再現した
立体歴史絵巻「日本最大のろう人形館」です!
JR高松駅から南へ瀬戸大橋通りに出て東へ徒歩で約30分。
競輪場やホテルマリンパレスを少し過ぎた港側にあります。

入り口へ向かう途中↓

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手描き看板がいい味出していますー!!

受付で入館料を支払い、中へ。

☆1階は四国の偉人・著名人コーナー

特別展示・空海(弘法体師)

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文学人・学者・スポーツ・芸能など

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政治・社会(↓左手前が板垣退助。右手前が吉田茂。)

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☆2階は平家物語コーナー

\いらっしゃい〜/

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全部で17の場面が表現されています。

「第10景 一ノ谷の合戦」

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大迫力!!


「第2景 平家にあらずんば人にあらず」

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「第3景 仏御前、祇王を訪ねる」

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「第14景 清盛の孫、摂政・基房を辱める」

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「第6景 物怪(もののけ)」

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「第12景 那須与一、扇の的を射る」

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屋島といったらこの場面。

「第13景 安徳天皇、入水」

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平家の最後、壇ノ浦。

「第15景 平家滅亡」

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「第16景 祇園精舎の鐘の声」

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京都大原の寂光院。

「第17景 琵琶法師」

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熱心に見入っているカップルがいらっしゃいましたwちょっとした遊びゴコロがステキ。

1階に戻って来ました。

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土産物売場や売店、休憩コーナーがあります。
昭和感あふれる懐かしい雰囲気で何だか落ち着きます。


記念撮影もぜひどうぞ☆

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ほんわかとあたたかい雰囲気の館内スタッフさんにも癒され、
ゆったりと観ることができました。ありがとうございました^^


高松平家物語歴史館
住所:香川県高松市朝日町3丁目6番38号
開館時間:午前9時〜午後5時30分(年中無休)
入館料:大人1,200円・中高生800円・小学生600円
TEL:087-823-8400 FAX:087-823-8837

★個人の方はホームページから来館予約をすると入館料割引の特典があります。
・大人1,200円→1,000円(2017年9月現在)
posted by なかのまいこ at 14:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 旅日記〈高松〉

児玉源太郎(陸軍軍人・政治家)を訪ねる【周南市(旧:徳山市)お散歩編】

児玉源太郎(陸軍軍人・政治家)を訪ねる

山口県周南市(旧:徳山市)にある周南市出身の偉人、児玉源太郎ゆかりの場所へ。
町や公園、神社の名前にもなっており、小さい時から耳にしていた
「児玉」さんについてあらためて知りたいと思い、ゆかりの場所を訪れました。


児玉公園

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公園内には平成23年7月(2011年)生誕160年の節目に建立された像があります。

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児玉神社  公園をぬけるとすぐ、お隣にあります。

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大正11年(1922年)地元有志により主祭神を児玉源太郎命として創建。
社殿は旧邸跡に神奈川県江ノ島にある神殿と付属建物の一部を移し建立。
拝殿の額は長男児玉秀雄氏の揮毫。家紋は二文字三星。場所は公園のすぐ隣。境内には石碑がたくさんあります。


徳山七士碑

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明治21年建立。幕末の徳山藩で活躍した勤王七士の功績を称える。七士の中には義兄、児玉(浅見)次郎彦も。

日本帝国褒章之記

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徳足以懐遠

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陸奥国(現:岩手県奥州市)出身の日本の医師、政治家である後藤新平氏の書。


児玉源太郎薨去御沙汰書

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長男児玉秀雄氏が建立


後藤新平参拝記念碑

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昭和2年に後藤新平氏が児玉神社に参拝し、児玉文庫を訪問。その際の揮毫を昭和16年に刻んで建立。


山縣元帥の児玉大将の死を惜しまれる歌

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山縣有朋氏(長州藩士・陸軍軍人・政治家。第三次内閣総理大臣)の歌。
〜越えはまた里やあらむと頼みてし杖さえ折れぬ坂のみち〜
↑写真の後ろに、ほんの少〜っっし見えるのが「タイワンゴヨウ(台湾五葉松)」です。
大正14年(1925年)に記念樹として樹高約2メートルの幼木数本が台湾から植えられました。

浩気長存

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元台湾総統・李登輝氏の揮毫

一坂先生の文章

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さらに歩いてすぐ、5分位の場所に生誕の地があります。

児玉家屋敷跡・児玉大将産湯之井戸

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児玉家の屋敷跡

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産湯の井戸跡

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児玉文庫

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明治36年(1903年)ふるさとの後進育成のために開設された私立図書館「児玉文庫」の跡を標した石碑。
「児玉文庫」は昭和20年(1945年)戦争中の空襲で消失。



【児玉公園・児玉神社】
場所:山口県周南市桜馬場通1丁目
アクセス:◆JR西日本新幹線・山陽本線「徳山駅」で下車。JR徳山駅から徒歩約10分。
【児玉家屋敷跡・児玉大将産湯之井戸】
場所:山口県周南市岐山通3丁目7
アクセス:◆JR西日本新幹線・山陽本線「徳山駅」で下車。JR徳山駅から徒歩約12分。
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【児玉源太郎(1852年〜1906年)】
嘉永5年(1852年)長州藩支藩である徳山藩の中級武士の家に生まれる。(周防国都濃郡徳山村=現:山口県周南市)
5歳の時に父が亡くなり、幼い源太郎のかわりに浅見次郎彦が養子に迎えられ、源太郎の姉久子と結婚、家督を継ぐ。
しかし、藩内の対立により正義派であった次郎彦が俗論派によって暗殺される。これによって児玉家は断絶。
戊辰戦争では、徳山藩士で結成された献功隊の半隊司令として、東北に出陣。箱館戦争に参戦。その後、陸軍に入隊。
明治20年(1887年)には陸軍大学校長、明治31年(1898年)第4次台湾総督、
明治33年(1900年)第4次伊藤内閣で陸軍大臣、内務大臣、文部大臣など明治政府の要職を歴任。
陸軍軍人、政治家として手腕を発揮し近代日本の発展に尽力。
明治39年(1906年)55歳で脳溢血により急逝。


☆ 台湾総督時代(明治31年から約8年間:1898年〜1906年)
後藤新平を台湾総督府民政局長(民政長官)に抜擢。
鉄道、港湾、通貨の整備、医療衛生の改善事業を行い、台湾の行政機構の大改革を実施、近代化を推し進めた。

☆ 日露戦争時
満州軍総参謀長として総司令の大山巌元帥を補佐、乃木希典らと旅順攻囲戦に参戦し勝利に貢献。

☆ 日露戦争後
陸軍参謀総長に就任。南満州鉄道創立委員長も兼務していたが、就任後すぐの明治39年(1906年)7月23日に急逝。享年55歳。

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posted by なかのまいこ at 13:43 | TrackBack(0) | 日記